大きな過ちを犯した人でも...性格や人生を「変える」ことはできるのか?/岸見一郎「生活の哲学」

定期誌『毎日が発見』の人気連載、哲学者の岸見一郎さんの「生活の哲学」。今回のテーマは「いつでも変えられる」。ある人の性格や人生は「変えられる」ものなのでしょうか――。心が揺さぶられる考察、ぜひご一読ください。

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人が変わるには遅すぎるのはいつかとたずねられたアドラー(※アルフレッド・アドラー、1870~1937年、オーストリアの精神科医、心理学者)が「おそらく、死ぬ一日、二日前だろう」と答えたという話が伝えられている(GuyManaster et al. eds., AlfredAdler: As We RememberHim)。

まず、人が変わるというのはどういう意味かというところから考えなければならない。

アドラーは「ライフスタイル」という言葉を使うが、これは普通にいう「性格」のことである。

その内実は、自分や他者をどう見るか、また課題を前にした時の対処の仕方のことである。

人は一人でこの世界に生きているわけではないので、対人関係は避けては通れない課題である。

対人関係の中で傷つくことを恐れる人は、他者と関わることを避けるだろう。

そのような人は積極的に他者と関わろうとはしないので、普通の言い方をすれば「暗い」といわれ、自分でもそう思っている。

この性格(ライフスタイル)は、しかし、生得的なものではなく、自分で選択したとアドラーは考えるのである。

アドラーは次のようにいっている。

「ライフスタイルは、しばしば二歳で、五歳までには確実に認められる」(『生きる意味を求めて』)

幼い子どもと接した経験のある人は、まだ言葉が出ない時にも一人ひとりの子どもが皆異なる性格を持っているのを知っているだろう。

しかし、アドラーが、子どもがこの性格を選んだということには首肯できない人は多いかもしれない。

もっとも、ある日、ただ一回で選ぶのではない。

また、選択の際、何の影響も受けないわけではない。

何人きょうだいの何番目に生まれたか、親の価値観、どんな文化の中で生まれ育ったかというようなことが性格の選択に大きな影響を与える。

選択には時間をかけ、最初は試行錯誤でいろいろな性格を試す。

最終的には五歳頃に(私はもっと後だと考えているが)、この性格で生きていこうと決める。

その後は、よほどのことがなければ幼い時に選んだのとは違う性格を選んだりはしない。

「暗い」と人からもいわれ、自分でもそう思って生きてきた人が、突如として明るい人になることは稀だ。

このような決断を意識的にしたわけではないので、自分で性格を選んだといわれても納得できない人もいるだろうが、自分が選んだのだから、必要があれば、自分で性格を変えることができると考えるのと、性格は生得的なものであり、したがって変えることができないと考えるのとでは、生きる姿勢が変わってくるだろう。

アドラーが、死ぬ一日、二日前までなら変わるのに遅すぎることはないという時の「変わる」は、正確には「変える」という決心をすることであり、決心すれば変われるという意味だが、いつ死ぬかは誰にもわからないのだから、死ぬ直前でなくてもいつでも人は変われるという意味である。

変えられるのは性格だけではない。

人生も変えられる。

性格を変えるということと、人生を変えることは別のことではない。

自分のことを暗いと考えている人は、他者に積極的に近づいて関わろうとしない。

そのような人は自分が暗いからそうしないと思いたいだろうが、実際には、その性格を自分で選んだのである。

他者と関わって傷つくことを恐れているので、他者に近づかないために、自分は暗い性格で、他者は自分を傷つけようとする怖い人だと見なすことが必要だったのである。

ところが、他者は怖い人であると見なす必要がなくなれば他者と関わることをためらわなくなる。

他者と関わることは人生を変えるきっかけになる。

これまでとは違う人生を生きようと思うからこそ、性格をも変えようと思うのだ。

このような決心には何かのきっかけが必要なこともある。

アドラーがある統合失調症の患者の話をしている(前掲書)。

この患者は三年前に別の医師から治癒不可能だといわれていた。

彼は、子どもの頃から、人から受け入れられないという体験を重ねてきていたので、その後の人生においても、誰からも拒絶されると思い込んでいた。

そのことを自分の「運命」だと思っていたので、アドラーにもきっと拒絶されるだろうと考えていた。

実際、アドラーにも心を開かなかった。

三ヶ月の間、アドラーの前で沈黙し続けたのだ。

その間、アドラーは「この機会を利用して」彼の人生について、注意深く説明した。

なぜ君は何も話さないのかと責めたりはしないで、ただ一般的に、沈黙するのは反抗するためだというような話をしただろう。

彼はアドラーが自分のことを話していることがわかった。

人は自分に語られる言葉よりも、自分について語られる言葉に耳を傾けるものである。

ある日、彼はアドラーに殴りかかった。

アドラーは抵抗しなかった。

手が当たって窓が粉々に砕け散った。

アドラーは患者の怪我をした腕に包帯を巻いた。

患者は自分が殴りかかったのに、アドラーが腹を立てるどころか怪我の治療までしたことに、驚いたであろう。

自分を拒絶しない人に初めて出会ったからである。

アドラーは彼にたずねた。

「どうだろう。あなたを治すために二人が何をすればうまくいくと思うかね」

アドラーが治すのではなく、「二人が」何をするかをたずねているのである。

彼は答えた。

「簡単だ。私は生きる勇気をすっかりなくしていたが、話している間にまたその勇気を見つけた」

私はこの話を読んで、放火殺人事件の容疑者が、自身も全身に大火傷を負い生死の境を彷徨っていたが、医療者の懸命の治療が功を奏して会話ができるまでに回復したという話を思い出した。

彼は治療スタッフに「人からこんなに優しくしてもらったことは今までなかった」と感謝の言葉を伝えた。

もしも彼が犯行に及ぶ前の人生で人から優しくしてもらう経験をしたことがあれば、彼の人生はずいぶんと違ったものになり、凶行に及ぶこともなかったかもしれないが、人が変わるのに遅すぎることはない。

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岸見一郎(きしみ・いちろう)先生

1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)をはじめ、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

この記事は『毎日が発見』2020年8月号に掲載の情報です。

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