「私は56歳です。夫は4人兄弟の長男。結婚するなら長男以外...と思いながらも長男の嫁を30年続けています。亡くなった義父のことなのですが、晩年は、病気ということもあり、手に負えない『困ったちゃん』状態でした。でも、亡くなった後、『さすが、お義父さん』と感服したことがあって...」
■外食好きだった義父。レストランで毒を吐きまくり...
夫は4人兄弟の長男。私達夫婦は同居こそしていませんが、義実家の近くに暮らしています。
義両親がまだ二人で暮らしていた頃、義父の病院などは運転免許証を持たない義母に代わって私が車で連れて行っていました。
そして義父は定年を迎えてから持病の糖尿病が悪化。
体調が良くないことや認知症の症状が出てきたこともあってか、次第に手に負えない老人になっていきました。
もともと裕福な家に生まれ、自身も収入が良かった義父は外食が好きでした。
「何かおいしいもの食べに行こうよ」それが父の口癖。
そうなると義母から私に電話が入ります。そして3人でランチに出かけるのです。
義父は店内に入って席に着くや否や、ぐるっと見渡して「なんだ! おばさんばっかりだな! 亭主を働かせてこんなとこでおいしいもの食ってんのか!」と、さも聞こえるように毒を吐きます。
これは義父お決まりの一言。
時には「いい気なもんだ!」なんて付け加えることもあります。
平日の昼間、それも住宅地の中にあるレストランに来る客層なんて限られています。
小市民の私は口から出そうになる心臓を押し込んで、申し訳なさそうな笑顔を振りまいてごまかします。
義父はお酒が好きな人でしたので、洋食ならワイン、和食なら日本酒、ファミレスというときもありましたがそういう場所ならビールを注文します。
昼間っからアルコール。
呑みだすと歯止めがききません。
さらに注文しようとする義父を私と義母で止めに入ると「なんだ! ケチだな!」とこれまた大きな声で怒鳴る。
そして「代わりに甘いもの食べよう!」とデザートを注文。
どれも義父の持病にはご法度なモノばかりです。
義父は次第に歩けなくなり車椅子になっても、病院の帰りなどに外食をすると言って駄々をこねました。
あとで気づいたことですが、そんな騒々しい義両親とのランチに同伴されるのは、実は私だけ。
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