難病と闘った親友へ。今はさようなら...天国でたくさんおしゃべりしようね【漫画】

「40年来の親友が難病になったとき、ショックでした。闘病する彼女にできるだけ寄り添いましたが、彼女は還らぬ人に...。いつか私もそっちに行くから、そのときまた彼女と話したいです」
親や夫、子ども、友人に職場の同僚、ご近所さん...。アラフィフ女性を中心に、みなさんから寄せられた人間関係の「モヤモヤ」「スカッと」「泣ける」実体験エピソードを、過去の人気記事をもとにして漫画で再構成しました。この時、あなたならどうしますか?

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1970年に地方都市で生まれた私は、小学校から高校までの一貫校で過ごしたため、今では45年以上交友関係が続く友人が複数います。

その中の1人(以下O子とします)との「別れ」について聞いてください。

私が通っていたのは小学校から高校まで1学年3クラス構成の小規模な共学で、O子とは小中高の12年間を共にしました。

大学や就職先は別でしたが、同じ地方都市内だったので、O子と私を含めた気の合うグループで、一緒にアルバイトをしたり、会食したり、旅行したりする関係が続いていました。

20代後半から40歳頃までは、私は結婚し東京へ転居、その後出産・育児に忙しく過ごしていました。

同じ頃O子は地元で仕事を続けながら結婚、順調に昇進し、子どもはできなかったけれど家事もがんばってこなしていたそうです。

その20年間は会える頻度は激減しましたが、会えば一瞬で子どもの頃のように話が盛り上がる大事な友人の一人でした。

私の子育ても一段落した41歳の頃、同じ友人グループの一人から、O子に関する衝撃的な連絡が。

「O子が体調不良で精密検査を受けたんだけど、その結果が深刻らしい」

友人グループは、運のよいことに女医さんが多く、他の同窓生にも男女ともに医療関係者が多数いました。

この知らせを受けた地元の友人たちがいち早く動き、検査から治療方針の提案、治療開始まではとてもスムーズに進みました。

私はO子から直接連絡をもらい、地元のカフェで会いました。

「この先の治療でO子が痛かったり、しんどかったりすることができるだけ少ないことをいつも願ってる、いつも考えてる」

そう私が伝えると、気丈にしていたO子の目から涙が一粒落ちました。

私も泣きました。

医療関係者ではない私にできることは治療への不安を共有すること、そして不安な心に寄り添うことだけ。

週に1回くらいの頻度で「返事は書かないで、読めるときに読んで」という約束で手紙を定期的に送りました。

私のパート先の話、人から聞いたおもしろかったこと、昔の思い出、などたわいのない話です。

O子の治療と治療の合間の体調のよいときは、友人グループで旅行することもできましたが、O子は体がしんどいと横になっていたこともありました。

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難病と闘った親友へ。今はさようなら...天国でたくさんおしゃべりしようね【漫画】 5.png難病と闘った親友へ。今はさようなら...天国でたくさんおしゃべりしようね【漫画】 6.png

漫画:なみき/原案:「毎日が発見ネット」みなさんの体験記

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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漫画:にーや
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