ペンネーム:並木和歌子
性別:女
年齢:54歳
ひとり娘が嫁に行き、現在は夫と2匹の猫と暮らしています。パート仲間で行く温泉巡りが最近のブームです。この体験記は、2016年ごろのエピソードです。
※毎日が発見ネットに掲載された体験記を再構成してお届けします。
娘の結婚式前日のことです。
地方に住む私の父(娘にとって祖父)は、結婚式に参列するため、前日に東京入りして我が家に泊まることになりました。
母はすでに他界しており、78歳になる父は広島県の田舎町で一人暮らし。
普段は一人で電車や新幹線に乗ることもないので、私が実家まで迎えに行き、東京に連れてきました。
実家の近くに住む兄夫婦には、「最近アルツハイマーの症状がひどくなってきているから注意してほしい」と言われました。
確かに久しぶりに会った父は以前よりボーッとしがちに見えましたが、自分のことは一通り自分でできます。
孫の結婚式も楽しみにしている様子だったので、症状について深く考えていませんでした。
無事に東京の自宅に父を連れてきて、私は台所で夕飯の支度を始めました。
そろそろ夫も帰宅する頃だから、と焦っていたと思います。
ふと気づくと、リビングでテレビを見ていたはずの父がいないのです。
玄関を見ると靴がありません。
その辺を散歩でもしてるのかな? サンダル履きのままで周辺を探しましたが、どこにも見当たりません。
心臓がドクドクと早まっていくのが分かりました。
自転車に乗り換え、徒歩で行けそうな範囲を回りました。
夫も仕事から帰ってきたので、状況を話して手分けして探してもらうことに。
時刻は18時。
もうすぐ日が沈みそうです。
このまま夜になっても見つからなかったら...。
警察にも捜索を依頼して、必死になって探し続けました。
アルツハイマーの症状があると分かっていたのに、どうしてきちんと見ていなかったんだろう...。
事故にでもあっていたらどうしよう...。
兄夫婦にはなんて説明しようか。
明日の結婚式までに見つからなかったら、娘夫婦にも多大な迷惑と心配をかけてしまう...。
さまざまな思いが頭を駆け巡ります。
探し始めてから4時間が経過し、時刻は21時を回って真っ暗です。
夫と話し合い、このまま夜通し探して見つからなかったら、明日の結婚式は私が欠席して捜索を続けることにしました。
父が心配なのはもちろんですが、それよりも娘の結婚式に出席できないかもしれないことがショックでした。
私のせいで、一生に一度の晴れ舞台に母親と祖父が不参加だなんて...。
娘もさぞかし悲しむだろうと思うと、涙が止まりませんでした。
その時、私の携帯に着信がありました。
警察からです。
なんと、父が隣町のガソリンスタンドで保護されているというのです!
場所と連絡先を聞き、夫と一緒に車で父の元へ向かいました。
ガソリンスタンドの事務所には、顔を腫らして鼻血を出している父の姿が。
椅子に座って申し訳なさそうに体を縮こまらせている父に、私は思わず泣きながら駆け寄りました。
店員さんによると、鼻血を出しながら夜道をフラフラ歩いている老人を見て、心配して声をかけてくれたそうです。
ガソリンスタンドまでは距離にして約3キロ。
父は交通量の多い街道沿いをひたすらまっすぐ歩いていたのです。
声をかけてくれた店員さんには本当に感謝してもしきれません。
どうやら父は一人でリビングにいる時に、急に自分が今どこにいるのか分からなくなってしまったようです。
家に帰らなくてはと思い立って歩き出し、道に迷い、途中で転んで顔面をぶつけていたのです。
孫の結婚式のために東京に来たことを理解していると思っていたのに、実際には状況を把握できていませんでした。
この時、初めてアルツハイマーの恐ろしさを痛感しました。
その後、夜間診療所で手当てを受け、なんとか翌日の結婚式には全員揃って出席することができました。
娘夫婦には心配をかけたくなかったので、式が終わるまでは失踪事件のことは話しませんでした。
今でもあの日の出来事を思い返すと、胸がキューっと締め付けられます。
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