【86歳母のがん】「抗がん剤はご本人には辛いでしょう」二人暮らしをしてきた母が...眠れない日々

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ペンネーム:Misuzu
性別:女
年齢:55
プロフィール:私は、55歳の独身女性で86歳の母と二人暮らしです。 昨年、母が大腸がんと診断され、私の生活は一転しました。
※毎日が発見ネットに掲載された体験記を再構成してお届けします。この体験記が書かれたのはコロナ禍前です。

28年前に父を亡くしてから、母と2人で平凡に暮らしていました。

そんな平凡な日々が一転したのは、私54歳、母86歳の時でした。

その2年くらい前から、母は便が水っぽいと異変を訴え、自宅の近所のかかりつけの病院から大腸の検査のため便を自宅でとって持参するように言われていました。

しかし、「常に水っぽくてなかなかとれない」と言い便を病院に持っていくことができませんでした。

その頃から、母はトイレで便をすることが苦になっていたようでしたが、私も仕事が忙しく「早く検査してもらわんと」と言うだけで、本人まかせにしてしまっていました。

ですが、母のトイレがとても長くなってきたり、夜中必ず起きてトイレに行くようになり、つらそうなのを見かねて、ついにかかりつけの病院に話して、大腸の専門の病院を紹介してもらいました。

朝の9時頃、検査の為に母をその病院へ連れて行った際、私が車を駐車している間に病院の入口で母が転んでしまいました。

はじめは普通に歩いていましたが、だんだん歩く事が困難になり、検査する頃には車椅子で移動する状態に。

そんな状況の中、長い時間をかけて検査をし、結果を告げられたのは夕方でした。

結果は、肛門にがんがある、ということでした。

その日から、私の生活は一転しました。

治療法は、手術でがんを切り取るしかないと言われ、転んだことで歩く事も動く事も困難になってしまったので、急遽入院をすることになりました。

最初、個室にいる何日かは、私も病院に寝泊まりしましたが、2人部屋に移ってからは、病院に泊まることはできなくなり、それから長い一人の生活が始まりました。

母とずっと一緒だったので、一人の生活は孤独であり、更に母の病状が気になり眠れない日々を過ごすことになりました。

それでも私は、手術をすれば治るのだと望みをかけることで自分をなぐさめていました。

しかし、その望みは、先生の説明の度に粉々に砕かれました。

検査を重ねるにつれて、心臓が肥大しているため、いまの段階で簡単に手術が出来ないこと、また貧血がひどく毎日輸血が必要であること、などを告げられました。

さらに、血液異常の病気まで発覚。

薬で治すことは可能なものの、もし治らなければ死にもつながりますと言われました。

医師からの説明を受ける度に心配事が増え、毎回涙しました。

幸い血液の病気は薬で治りましたが貧血はいっこうに回復せず、輸血が欠かせない毎日。

母は歩けないままで、最初は紙おむつで対応していましたが、次第にベッド横のポータブルトイレで排出するようになりました。

相変わらずトイレは母にとって苦痛のようでした。

それから1カ月の入院生活を経て、先生からここの病院では手術は困難との説明を受け、大きい病院を紹介され、救急車でその病院へ転院となりました。

転院先で、肛門のがんはステージ2と3の間と説明され、手術の日取りがすぐに決まりました。

肛門のがんを切り取るため、いったん小腸からの人工肛門を作り、3カ月後に人工肛門を取る手術をするとの事でした。

母にはがんの事は告げませんでした。

母は、しっかりしているように見えて意外とくよくよする性格なので、がんに向き合うのはとても難しいと判断したためです。

7月のはじめに手術を受け、肛門のがんは取り除いたものの、骨やリンパ節にも転移していることが分かりました。

治療方針としては、抗がん剤は使用しない方がいいと先生から説明を受けました。

年も年なので進行も遅いだろうし、抗がん剤は本人には辛いのではということで、私も母に辛い思いをさせたくないと同意しました。

予定通り、2回の手術、リハビリを重ね1年近くの入院生活を経て、やっと退院ができました。再び、母との生活が始まりましたが、がんが完全に治ったわけではありません。

さらに、入院中はしっかりしていた母に認知症の症状が現れ、病気と介護の両面で母と向き合うことになりました。

日常的な家事など今まで母にまかせっきりにしていたことがすべて私主導になり、今では母の世話をする生活になりました。

しかし、幸いころんだ時の骨に異常がなく、リハビリを経て歩くこともできるようになったし、トイレ、お風呂もどうにか一人でできています。

いつどうなる事かと思うと、やはり今も眠れなくなります。

だけど、現実を受け止めなければなりません。これを機に、私は私なりに自分で何でもやれるようになったのは確かです。

今では逆に、母に頼られる立場になりました。

私自身、母が入院前の元の生活に戻ることは無理と受け止めるのに少し時間がかかりましたが、いつかはあの世へ見送ることになる母のために、いまの一緒にいられる幸せな生活を1日1日大切にしていくこと、それしかないのかなと思っています。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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