「つわりの方がまだ我慢できた」抗がん剤の副作用。再発、再々発...膀胱がんと戦い続けた実母

ペンネーム:フカユキ
性別:女
年齢:50
プロフィール:夫が2年間の闘病の末、悪性リンパ腫でなくなりました。2人の子どもだけでなく、要介護2の義母を抱え、入院費用や治療費のため借金もあり、お先真っ暗でした。それでも周りの人に助けてもらいながら、何とか暮らしております。
※毎日が発見ネットに掲載された体験記を再構成してお届けします。この体験記が書かれたのはコロナ禍前です。

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実母に膀胱がんが見つかったのは、母63歳、私が40歳のときでした。

母方の祖母も70歳で大腸がんで亡くなっていましたし、祖母の妹や弟もちょうど70歳前後にがんで亡くなっていたので、何とも嫌な気持ちになりました。

母の話によると、ここのところトイレが近いなと自覚症状があり、膀胱炎だと思い込み、近所の薬局に相談して漢方薬を飲んでいたそう。

しかし一向によくならず、そうこうしているうちに、痛みがまったくないのに血尿が出たというのです。

そうなってはじめて「これは膀胱炎なんかじゃない。もっとひどい病気だ」と気づき、慌てて市内の総合病院に行ったとのことでした。

幸いなことに母のがんはステージ1で初期のものでした。

手術も局所麻酔を使い、内視鏡で悪性腫瘍部分を摘出するといった、ものの1時間もかからない手術でした。

「何だか、あっという間に終わっちゃったのよね」

少し物足りない調子で話している母の様子をみて、私はホッとしていました。

祖母も祖母の妹や弟も、手術はしたもののがんが思っていたよりも進んでいたため取りきれなかったり、転移していたりで、手術から1年を待たずに亡くなっていたからです。

しかし、術後半年後の定期検診で嫌な影を発見。

悪性腫瘍がまた膀胱に再発していました。

今度も前回同様に腫瘍部分をきれいに取り去ったうえ、新たに抗がん剤の治療も併用し、万全を期しました。

抗がん剤は弱いものだったらしいのですが、吐き気や頭痛、食欲減退などの副作用が出たようです。

「あなたの副作用は軽い」と医師は言っていましたが、「つわりの方がまだ我慢できた」と母に泣かれた時は、どう声をかけたらいいものか困りました。

それから1カ月に一度だった検診が、3カ月に一度になり、さらに4カ月に一度になるかと思った矢先のこと、またもや患部に影がさしていました。

再々発でした。

初めてがんが見つかってから、3年目、母が67歳の誕生日を迎えてすぐでした。

その時、43歳の私は9歳の息子と7歳の娘を抱えつつ、82歳の義母の介護をしていました。

義母はずっと要介護2の認定で5年ほど経過していましたが、軽めの要介護2からギリギリで要介護3に近い2というレベルまで、介護度が目に見えて上がっていた頃で、育児に介護に忙しく過ごしていたのです。

そんな状況のため、実母が具合が悪いのを分かっていながら、看病にもお見舞にも行けない状態でした。

「心配しなくても大丈夫だから。再々発っていってもまた初期のがんだから。取っちゃえば平気よ」と言われ、私は「でもいままでも初期で全部キレイに取っていたはずでしょ?」という言葉を飲み込みました。

結局、実母は3回目の手術をし、今度はやや強めの抗がん剤を3回ほど打ちました。

副作用がかなり酷かったようですが、私の前だけでなく、71歳になる父や38歳の弟にも弱音を吐かずに頑張っていました。

また、がんにいいという民間療法を試してみたり、免疫力を上げると言われていることに取り組んだりして、厄介な病に対抗しようとしていました。

そしてつい先日、担当医師から「よく頑張りましたね。ここで初めてがんの手術をして10年、そして再発したがんの手術をして7年経ちました。まだまだ経過観察は必要ですが、再発の確率は1割以下になったと考えていいでしょう」と言われたそうです。

まだ再々々発の危険はあるかもしれませんが、早期発見、早期治療が今に繋がっていることを痛切に感じました。

日頃から体調の変化に注意して、早めの受診、早めの検査の大事さを考えさせられました。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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